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元気づくりを科学する

世界の健康づくりは、病気対策から元気づくりへと、大きなパラダイムシフトを迎えつつあります。本学会では、世界の健康づくりの最新の潮流から、明日から使える実践的なノウハウまで、みなさまと共に学びを深めていきたいと思います。

病気に注目してきた医療や公衆衛生

人類の健康づくりの歴史を振り返ると、戦争や貧困、不衛生を原因とした病気との闘いであったといえます。日本でも、つい数十年前までは、亡国病とまで言われた結核対策に追われた時代がありました。

その後、上下水道の整備など公衆衛生の向上や、科学・医療技術の発展もあり、人類の健康状態は劇的に改善しました。日本をみてみると、1800年当時は、40歳にも満たなかった日本人の平均寿命は、第二次世界大戦時に一時落ち込むものの、その後、経済の発展とともに急激な伸びをみせ、今や83歳と、世界一の健康長寿を誇っています。

20世紀も後半に入ると、長らく人類を苦しめてきた戦争や感染症から解放され、慢性疾患の時代に入りました。当時は、一体なぜ人ががんや心臓病になるのか全く分からず、多くの医学的・公衆衛生学的研究は、それら慢性疾患の原因究明に力を注いできました。

20世紀の人は、何が原因で病気になるのか?

慢性疾患の原因究明について、膨大な研究が行われましたが、その成果の一つが、カナダのラロンドレポートやアメリカのヘルシーピープルです。慢性疾患の時代になり、一体私たちがなぜ病気になるのか、その原因を明快に示し(表1参照)、その後の各国の健康政策の模範となりました。

表1 病気の発生に寄与する4つの要素とその割合

現在のヘルスケア・システムの不適切さ 10%
不健康な生活習慣・行動様式 50%
環境要因 20%
遺伝学的要因 20%
(米国厚生省、1979)

さて、これまでみてきたように、医学や公衆衛生学の世界では「病気」に着目した研究や実践が行われてきた一方、他の分野に目を向けると、「元気」に着目した人たちがいました。

ポジティブ心理学の誕生

第二次世界大戦を終えて帰国したアメリカ兵の心は、戦果とはうらはらに傷ついていた。しかし、それに対応できるだけの精神病医はいない。そこでアメリカ政府が目を付けたのが、心理学者でした。

20世紀前半まで、心の病の解決はひどく困難なものであったが、アメリカ政府のバックアップもあり、半世紀の間に研究が一気に進んだ。その結果、薬物療法や心理療法を併用することで、現在では数十にも及ぶ精神疾患のうち、14の疾患で症状をやわらげることができるようになり、しかも2つの疾患については完治できるようになりました。これは、心理学の大きな成果といえます。

ところが、2000年。アメリカの心理学会の会長に就任したマーティン・セリグマンは、それまでの心理学に対して決別ともとれる宣言をします。

「これまでの心理学は、少しでも幸せになりたいと願う普通の人たちとは、一線を画す学問であった。これからの心理学は、人生がもっと充実したものになるにはどうしたらよいか、追及していかなければならない-マーティン・セリグマン」

セリグマンの宣言から10年。ポジティブ心理学の世界では、実に様々な知見が積み重ねられてきました。大きな功績のひとつは、しあわせの構成要素を明らかにしたことです。

しあわせの構成要素とは?

ポジティブ心理学の研究が明らかにした、しあわせの構成要素について、表2に記しました。

表2しあわせの構成要素

考え方 40%
個人が置かれた状況
(どこに住んでいるか、どれだけ金持ちか、
どれだけ健康か、など
10%
遺伝 50%
(S.Lyubormirskyら、2005)

驚くべきは、個人が置かれた状況の影響度が、わずか10%であるということです。私たちはつい、よい教育や高い収入を得るとしあわせになる、と考えがちですが、「しあわせはお金では買えない」とは、そのとおりなのかもしれません。

一方で、元気づくりという視点から注目に値するのは、「考え方」がしあわせの構成要素として40%も影響している、という点です。つまり、しあわせになりやすい考え方を獲得することが、元気づくりには重要であると示唆されます。

たとえば、公衆衛生学の分野でも、考え方と健康に関する研究があります。ハーバード大学で行われたある調査によれば、なんと7歳の時の将来に対する見通しが明るいか暗いかで、30年後の健康状態が予測できることが報告されています。

その他にも、実に多くの幸せや元気に関する研究が行われ、続々とその成果が蓄積されつつあります。アメリカの最新の健康政策ヘルシーピープル2020においても、「元気」は一つの大きな柱であり、時代はまさに今、元気づくりと病気対策の調和が求められ始めているといえるでしょう。