第22回健康学習学会報告

今年も盛況のうちに幕を閉じた、第22回健康学習学会。「元気が出る行動科学〜国内外の最新事情から学ぶ〜」というテーマで行われた、学会長講演、全体ディスカッションを振り返っていきます。

 

元気が出る行動科学
〜国内外の最新事情から学ぶ〜

 

1.病気予防の最前線

病気予防の歴史

病気予防の最前線を紹介する前に、健康づくりの歴史を振り返っていきたいと思います。これまで、どのような研究がなされ、健康づくりはどのように変化してきたのでしょうか?

 

第二次世界大戦直後、戦争孤児の健康を守っていくために、裕福な家庭に預けられることで得られる「物質」と、片親であっても肉親から与えられる「愛情」、どちらが重要であるかという議論がなされました。この議論には、圧倒的多数の人が「物質が大事である」と考え、実際に政策として、片親の子供は肉親と引き離され、裕福な家庭で育てられました。

 

しかし、結果は芳しいものではありませんでした。肉親から引き離され、裕福な家庭で育てられた子どもは、非行にはしっていしまったり、精神的に未熟なまま成長してしまうケースが多く見られたのです。

 

後にイギリスのジョン・ボゥルビー博士の研究によって、子供の研究には親の愛情が大事である、ということが分かりました。21世紀最初の健康づくりは、愛情を持って接することが大切であるというところから始まったのです。

 

生活習慣の改善へ

1970年代、感染症が中心だった時代から、心臓病や癌といった病気が大きな課題となりました。早死にを防ぐために、限られたお金をどこに充当していくかが議論となり、研究の末に出された答えが、私たちも馴染みのある「生活習慣の改善」です。
病気の人に向けてだけでなく、社会全体が生活習慣を見直すことで、健康を目指そうという動きの始まりでした。

 

早死にの原因は生活習慣にあると考えられ、それ以降の1990年代を中心に、生活習慣の改善を目的とした、様々な働きかけが行われてきました。しかし、生活習慣を変えるということは非常に難しいことでした。生活習慣は、自身をとりまく様々な“つながり”の影響を受け、自分の意志だけでは変えられない場合がほとんどだからです。

 

生活に影響するつながりは様々な要因で決定しますが、中でも学歴や仕事、収入の影響は大きく、それらの要因は、意識を変えたことで、今すぐに変えられるような性質のものではありません。そこで、最近では子ども時代こそ健康に重要なのではないか言われています。

 

2歳までに将来が決まる?!

子ども時代に着目したイギリスの学者によって行われた研究では、なんと2〜3歳までに介入することが望ましいとされる結果が出ています。2〜3歳という幼い時期にいかに知能レベルを高めるかが、人の健康を考える上で重要で、子どもといっても就学してからでは遅いというのです。

 

この時期の子どもの知能レベルに影響するのは、やはり環境です。子どものそばで交わされる会話の語数の多さや、本の読み聞かせがされる時間等で、子どもの知能レベルに大きな差が出てきます。

 

環境によって知能レベルが決まり、学歴、職業、収入、健康、そして人生そのものが変わる。つまり、就学前の環境が、今の病気予防の最前線なのです。

 

このような歴史と最新事情を踏まえて、私たちは健康づくりのために、今後何をしていくべきなのでしょうか?

 

2.健康づくりのキーワード

健康とは何かを紐解く

何をしていくべきかを見つけるための、健康づくりのキーワードとなるものは何か?キーワードを導きだすためのヒントとして、「健康」とはなにかというところから紐解いてみましょう。

 

「Health(健康)」とは?

そもそも「健康=Health」とはどういう意味なのでしょうか?英単語としての「Health」は「Heal(動詞)+th(名詞形)」です。 「Heal」とは、「To make a whole:完全な状態にする」という意味を持っています。日本語に翻訳した福沢諭吉は、この「Health」という英語を、「精神」と翻訳しています。
福沢諭吉は「日本人にとって完全な状態は“精神”である」と考えたのです。

 

これは養生訓の流れを汲んでのものなのではないかと思われます。養生の概念は、「“いまある元気”を無駄にしないよう倹約し、“よき 人格”を目指せ」という考え方です。人格形成、精神修行といった位置に、日本人にとっての健康づくりはありました。

 

WHOは、健康を「単に病気がないだけでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態」と定義しています。これまでは病気の人にばかり目を向けていましたが、社会で活躍する健康な人・元気な人にこそ、21世紀の健康づくりの鍵となるキーワードが隠れているのではないでしょうか。変化する時代や環境に応じて、着眼点を変えた取り組みが求められています。

 

成功の決め手はなにか?

前述の通り、健康づくりには学歴や収入が重要になります。そのために、何が必要であると考えられているのでしょうか。

 

まずは、IQ(知能レベル)や自尊心が大切なのではないかと考えられました。もちろんどちらも大切ですが、より重要なのはIQなのか自尊心なのかを確かめるべく、幼い子どものIQと自尊心を計り、その後の成長を追う研究が行われました。しかし、その研究で「IQも自尊心もその後の成功を予測しない」、つまり「IQも自尊心も無関係である」という驚くべき結果が出たのです。

 

何が成功の決め手となるのか?議論が重ねられるなか、その答えの鍵になったのは日本人でした。日本人の持つ“粘り強さ”こそ、成功の決め手になるのではないかと考えられたのです。著名な実験として知られる「マシュマロ実験」を発端に進められた研究により、粘り強さ、我慢強さは努力できる能力であり、学業や仕事上の成功に非常に重要だということがわかったのです。

 

アメリカの教育は、かつての幼い頃から英才教育を施すやり方から、ほめて自尊心をのばす方向に変わり、最近では厳しく躾けることに変化しています。健康になるためのキーワードとしても、「厳しく躾ける」ということが改めて注目されています。

 

3.人が豊かに生きるために

いくらもらえば幸せか?

世帯年収が500万円、1700万円、1900万円の家庭をそれぞれ比べた場合、どのような順番で生活満足度が高いと思いますか?

 

調査の結果、1900万円の家庭がもっとも生活満足度が低く、500万円と1700万円の家庭は、金額の差が大きいにも関わらず、生活満足度は同じという調査結果が出ました。1500万円までは収入が増加するにしたがって、生活満足度も上がっていきますが、1500万円をすぎると一気に生活満足度が低下します。これは、その年収を境に、所属するコミュニティが変わるために、一般のコミュニティでは一番裕福だったのが、裕福なコミュニティのでは一番下になってしまうことが理由だそうです。

 

お金で愛は買えないというように、やはり幸せもお金で買えるわけではないようです。では、人が豊かに、幸せに生きるには何が必要なのでしょうか?

 

元気づくりを目指す視点

病気予防としての、生活習慣、つながり、環境整備は引き続き重要です。これらのことが大切だと思う人たちには、十分なアプローチができていると考えても過言ではありません。こういったことに興味を示さない人たちに、どのように働きかけたらいいのだろうかと考えたときに、「元気づくり」が大事になり、「人が豊かに生きるとはなにか?日々の生活に満足するとは何か?」という、1歩も2歩も引いたところから、物事を考えていくことが大切です。ほんの少しずつでも生活満足度を上げようとすることが、今後の健康づくりの重要な考え方となります。

 

マーケティング的アプローチから学ぶ

このような、少しずつ生活満足度を向上させようという考え方は、企業がそのままやっている考え方です。掃除を楽にするために掃除器を開発したり、さらにその手間を解消するために全自動のロボット掃除機を開発したりするのは、まさに少しずつ生活満足度を上げようという発想です。

 

このような考え方で事業を進める中で、売上げが伸び悩んだ時には、一度問題から離れて「人が豊かに生きるというのはどういうことなのだろうか?」ということを企業は考えるといいます。

 

戦後の日本は、経済や寿命について右肩上がりに成長し続けてきましたが、生活満足度は全く変わっていません。

 

グラフ

 

新たな製品を開発して、問題の具体的な解決や経済を成長させることができても、人の心の部分に満足を与えられていないということが、企業の抱える悩みでもあります。

 

「お客さんが抱える問題を解決する手段として商品/サービスを提供する」という考え方をもとにアプローチし、さらにその先で多くのお客さんに買ってもらうため、お客さんの生活満足度を上げるために「その商品/サービスは、お客さんの人生をどう豊かにするのか?」を、企業は考えているのです。

 

隠れた成功者をみつける

企業は商品が売れない時に、買ってくれていない人に話を聞くのではなく、買ってくれているヘビーユーザーに話を聞くと言います。その人は何故買ってくれているのか?商品が持つ価値は何で、その人の人生に何を与えているのか?その人は、その商品によって人生を豊かにすることに成功している人なのです。

 

このような隠れた成功者の言葉には、抱えていた問題を一発で解決するような、世界を変える「一言」を見つけることができることがあるのです。

 

健康づくりにおける成功者とは、他ならぬ元気な人です。さらに言うと、困難な状況の中でそれでも頑張って、元気に生活している人の言葉にこそ、世界を変える一言は隠れています。
そういった隠れた成功者を見つけ、耳を傾けることが健康づくり、元気づくりにつながるのではないかと思います。

 

21世紀の健康づくり

21世紀の健康づくりは、病気予防だけでなく「元気づくり」を進めていくことが必要になります。隠れた成功者だけが知っている一言をヒントに、自分たちの商品/サービスは人生を豊かにすることにどのように役立つのかを見つめ直していくことが、元気づくりへの道筋を示してくれるのではないかと思います。

 

4.来年度の学会に向けて

ここで得たものを生かし、最前線で活躍し、更なる飛躍を目指すための健康学習学会。

 

来年は、8月23日(土)〜24日(日)@大宮ソニックシティにて行われます。是非ふるってご参加ください!

 

写真

 

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